2020年度の日本アーカイブズ学会出版助成に採択された小谷允志編著『公文書管理法を理解する―自治体の文書管理改善のために―』(日外アソシエーツ、2021年)について、編著者の小谷允志氏よりご寄稿いただきました。
小谷允志(コタニ マサシ)氏
《プロフィール》
《主な経歴》
1989年10月(株)リコー在籍時ARMA International 東京支部を開設(発起人の一人)
1994年7月~1998年7月 ARMA International 東京支部会長
1999年~2009年 日本レコードマネジメント(株)レコードマネジメント研究所長
2003年5月~2009年5月 記録管理学会会長
2010年~現在(株)出版文化社アーカイブ研究所長
2019年10月 ARMA International 米国本部よりフェローの称号を授与される
《主な業績》
〈著書〉
2008年「今、なぜ記録管理なのか=記録管理のパラダイムシフト」 日外アソシエーツ
2013年「文書と記録のはざまで 最良の文書・記録管理を求めて」 日外アソシエーツ
2021年「公文書管理法を理解する 自治体の文書管理改善のために」 日外アソシエーツ
〈共著・共訳〉
2000年「情報公開法の新たな展望」(共著)行政管理研究センター
2006年「入門:アーカイブズの世界」(共訳)日外アソシエーツ
2011年「情報公開を進めるための公文書管理法解説」(共著)日本評論社
2012年「世界のビジネス・アーカイブズ 企業価値の源泉」(共訳)日外アソシエーツ
2019年「こんなときどうする? 自治体の公文書管理」(共著)第一法規
2019年「社史・アーカイブ総研の挑戦」(共著)出版文化社
〈委員会等〉
2005年 ISO15489(2001)のJIS化翻訳委員(日本規格協会)
2011年 公文書管理条例研究会へ参加、報告書「公文書管理条例の制定に向けて」を作成
2020年 国立公文書館「認証アーキビスト」制度作り委員会へ参加
2021年 沖縄県文化振興会「沖縄県市町村公文書管理支援事業」プロジェクトへ参加 等々
〈その他〉
*現在、雑誌「季報:情報公開・個人情報保護」(行政管理研究センター)にコラム「文書管理をめぐる断想」を連載中
*国立公文書館主催の「公文書管理研修Ⅱ」「アーカイブズ研修Ⅲ」で毎年講師を務める
日本アーカイブズ学会の「出版助成」を受けて
小谷 允志
今回、拙編著「公文書管理法を理解する 自治体の文書管理改善のために」(日外アソシエーツ刊)を学会の「出版助成制度」(2020年度)の対象として選定頂いた。これは大変名誉なことであり、心より感謝申し上げる次第である。改めて本制度の意義を考えると、本来は出版業界にルートを持たない若手の研究者が自分の著書を出しやすくするための制度ということができよう。本制度では助成金はすべて出版社に支給されるからである。従って私のような老人が助成を受けるのは申し訳ない気もするのだが、そこはYoung at heart ということでお許しを頂きたい。
また国立公文書館前館長の加藤丈夫氏には「刊行に寄せて」を執筆頂き、「国や自治体で公文書管理の仕事に携わる人たちや、その仕事を目指す人たちに向けた、法の理解と実務に役立つ分かりやすい参考書」「待望の書」と過分なお言葉を頂いたことはまことに光栄なことであり、これに対してもこの場を借りて心よりお礼を申し上げたい。
以下、本書の執筆動機、また執筆に際し特に留意した点を記し、今後本制度の利用を目指す若手研究者の参考に供したい。
(1)本書の執筆動機
国の公文書管理法の施行から10年が経過した。この法律は自治体に対し努力義務ではあるが、公文書管理に関して国と同様の施策の立案と実施を求めている。しかしながら現状は文書管理改善を行い、条例化を果した自治体はわずかな数に止まっている(2021年1月現在、全国で約30団体)。つまり一部の先進自治体を除けば、多くの自治体が旧式な公文書管理ルールをそのまま運用しているということになる。これらの自治体においては公文書管理の目的に説明責任の概念もなく、歴史公文書の保存にも十分な対応がなされていないのである。
本書執筆の動機の第一は、このような状況に対し自治体職員向けの公文書管理改善に関する分かりやすい参考書が必要ではないかということに気付いたからである。確かに法学者や弁護士の先生方の書かれた公文書管理法の高度なコンメンタールや解説書はいくつも出版されているが、文書管理の視点から書かれた実務的な参考書がないのである。特に公文書管理法の趣旨、ポイントを分かりやすく解説し、自治体が文書管理改善を行い、公文書管理ルールの条例化を目指す際に役立つような参考書はあまり類書がないといえるだろう。
(2)内容面で特に留意したこと
執筆に際して特に留意したことは、まず公文書管理法を分かりやすく解説するという点である。公文書管理法の体系は、法律、政令、ガイドラインという三つの別個の形式により構成されている。そのため同じ項目でありながら、記述があちこちに分散し、分かりにくいという特徴がある。そこで本書では、公文書の作成から国立公文書館への移管または廃棄までのライフサイクル管理のプロセスに沿いながら、法律、政令、ガイドラインを項目ごとにまとめて解説することで、自治体職員が容易に公文書管理法の体系を理解し、同時に実務上のポイントを把握できるよう心掛けた。
公文書管理法は、わが国で初めて公文書を「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」と位置付けるとともに、公文書管理と説明責任との関係を明確にするなど、すでに海外の先進国ではグローバル・スタンダードとして定着している理念や手法を取り入れた画期的な公文書管理ルールである。これまでの伝統的な日本の文書管理は、必ずしもグローバル・スタンダードの記録管理とは一致しない部分が多かったが、公文書管理法の制定によりその差がかなり縮まったのである。本書ではこの点に関してもできるだけ触れるように努めた。このように国の公文書管理ルールが進化したことにより、結果として旧来のままの自治体公文書管理ルールとのレベル差がますます拡大したのである。
しかしながら公文書管理が民主主義の基盤であり、同時に現在及び将来の国民(住民)に対し説明責任を果たすためのものであるという点では、国も自治体も全く変わりはない。従ってほとんどの自治体が、現状このような公文書管理の理念や目的を欠いたルールで運営されていることは大きな問題があると言うべきであろう。なぜならば説明責任のコンセプトこそが、情報公開制度への対応と地方の歴史を残すアーカイブズ制度を実質的に支えているからである。また公文書管理が日常的な行政運営の基本的なインフラであることを考えるならば、古いタイプの文書管理手法のままでは、効果的・効率的な行政運営の成果も期待できない。これらの点を考慮して「説明責任」「コンプライアンス」「アーカイブズ」等の公文書管理に関する理念や重要用語を「キーワード解題」として少し詳しく解説することとしている。
国は2026年を目途として、すべての公文書管理のプロセスを紙から電子へ移行する方向へと舵を切った。完全な電子管理への移行という点については、自治体においても今後、避けて通れない道である。このように見てくると自治体の公文書管理改善は、単に公文書管理法が求めているからというだけではなく、今後の自治体経営のあり方に大きく係る重要なテーマであり、かつ優先的に取り組むべき課題であると言うことができる。
そこで本書では、公文書管理法の解説に留まらず、自治体における公文書管理の問題点と電子化の課題に焦点を当てた各章を設けた他、今後支援体制として欠かせない専門職体制についても一章を設けた。また最新の公文書管理条例の制定事例として東京都豊島区における事例を当時の総務課長、田中真理子氏(現、保健福祉部長)にお願いした。アーカイブズの基本に関しては、わが国の公文書館のモデル的存在である神奈川県立公文書館において経験を積んだ同館の元アーキビスト、中村崇高氏(現、出版文化社)に執筆頂いた。
編著者として本書が公文書管理改善を目指す多くの自治体職員や関係者に対し、少しでも役立つヒントや情報を提供できることを心より願っている。
(2021年9月28日受領、30日掲載)