【プロフィール】
2001年 名古屋大学大学院国際開発研究科国際協力専攻修了(学術博士)
2004年〜 財団法人渋沢栄一記念財団(現在は公益財団法人渋沢栄一記念財団)実業史研究情報センター(現在は情報資源センター)で企業史料プロジェクト担当(業務委託)
2008年〜 国際アーカイブズ評議会(ICA)企業労働アーカイブズ部会(SBL、2015年以降は企業アーカイブズ部会:SBA)理事
2012年〜 企業史料協議会理事
2013年〜 株式会社アーカイブズ工房設立・代表
【主な業績】
「世界のビジネス・アーカイブズ概観」(『新しい産業創造へ(デジタルアーカイブ・ベーシックス;5)』(勉誠出版 2021年)
『レコード・マネジメント・ハンドブック : 記録管理・アーカイブズ管理のための』(共編訳、日外アソシエーツ 2016年)
「企業アーカイブズを持続可能なものとする : 日本的経営におけるアーキビストとは?」(『アーカイブズ学研究』21号 2014年)
【学会登録アーキビスト】登録番号JSAS2013009
(初回登録:2014年4月1日、更新登録:2019年4月1日)
1.アーカイブズ(文書館)と関わるきっかけ
大学院在学中に米国国立公文書館(NARA)のアーキビスト、ミルトン・グスタフソン博士にお世話になり、アーキビストという職業に興味を持ちました。グスタフソン博士は博士号をもちながらも、大学の研究者ではなく、文書館利用者へのアーカイブズに関わるレファレンス・サービス、情報サービスを提供する仕事をなさっている点に魅力を感じました。調査対象時期は、19世紀末から20世紀の初頭にかけて、国務省の記録管理システムが変化していく時期に当たり、この変化をたいへん面白く感じました。また、連邦政府で記録管理が体系的・包括的に行われている点には大きな感銘を受けました。NARAの館内でみかけた「モダーン・アーカイブズ・インスティテュート」という教育研修プログラムのポスター等も記憶に残りました。
大学院終了後は子育て中心の生活をしていました。求職活動を始めた時、日本での「モダーン・アーカイブズ・インスティテュート」のような教育研修プログラムをインターネットで探してみたところ、国文学研究資料館のアーカイブズ・カレッジを発見し、すぐに申し込みました。
2004年にアーカイブズ・カレッジ長期コースに参加した際、受講生であった、財団法人渋沢栄一記念財団実業史研究情報センターのセンター長小出いずみさんと知り合いました。同センターが、デジタル技術を用いた、渋沢栄一と実業史に関わる情報発信事業を開始して間もないころでした。私は、栄一が支援した商法講習所・東京商科大学の後身である一橋大学を卒業した後、短い期間ですが経済誌の編集に関わっていました。大学院では近代の東アジアの国際関係史を専門とし、イギリスへの留学やアメリカ生活の経験があり、翻訳など英語がらみの仕事ができるということから「企業史料プロジェクト」業務を委託されました。このプロジェクトは、「日本資本主義の父」とも呼ばれ、また日露戦争期以降の国際交流にも尽力した渋沢栄一に関わる実業史関連のアーカイブズ情報を発信することが主要な業務です。アーカイブズ・カレッジの修了論文を提出した後、同年12月からこの仕事が始まりました。
なお、小出いずみさんは、米国で図書館学の修士号を取得した専門ライブラリアンです。センター長に就任される以前は、財団法人国際文化会館の図書室やプログラム部門に長くお勤めでした。そのため海外、特に米国のアーカイブズや財団、シンクタンク事情をよくご存知でした。このことが、私の求職活動には助けとなったように思います。人文社会系の大学院修了者がアカデミズムを超えて、様々な実務的あるいは専門的な分野で働くイメージをお持ちだったからです。
2.アーカイブズにおける仕事内容
企業史料プロジェクトがスタートして、最初に取り組んだのは、「企業史料ディレクトリ」の作成でした。これは、企業アーカイブズ機関の情報と、各機関の所蔵するアーカイブズ資料に関する情報を集約し、一覧化して公開することによって、アーカイブズへのアクセスの向上を目的としたものでした。同センターのスタッフは、私以外は全員専門司書だったこともあり、当初のディレクトリのイメージは米国議会図書館の手稿コレクション全国総合目録(National Union Catalog of Manuscript Collections (NUCMC))の企業版で、国内で参考にしたのは『全国特殊コレクション要覧 改訂版』(1977.1、国立国会図書館参考書誌部)などでした。最終的に、一覧化のための考え方の基礎は、アーカイブズ・カレッジで学んだISAD(G)あるいはISAAR(CPF)などアーカイブズの記述標準であること気づき、一覧の項目を検討しつつ、企業史料協議会の会員機関のみなさまにアンケートに協力していただきました。これによって「ディレクトリ」を完成させ、同センターのウェブページで公開しました。
なお、このような、企業アーカイブズに関するリスト、データベースは米国、ドイツ、英国など諸外国に存在します。ただし、作成主体・メンテナンスを行うのは、通常はその国の企業アーキビスト協会や企業アーカイブズ協会、あるいは国立公文書館などです。また、この取り組みの過程で、通常、司書の方々が「アーカイブズ」と聞いて意識するものは「(記録)資料」「収集アーカイブズ」、あるいはIT用語としてのarchive=「アーカイブする」という動詞であることに気づきました。言葉を換えると、日本の場合、司書の方々は、アーカイブズとは元来組織の活動の過程で自然に蓄積した記録資料(組織運営のための事務文書・経営文書等)の塊である「組織(機関)アーカイブズ」であること、アーカイブズは記録資料だけでなく、「館(部署)、仕組み(機能)」をも意味する、という認識を普通は持たない、ということです。そういったなかで、実業史研究情報センター・情報資源センターの専門司書の方々は全員、採用後にアーカイブズ・カレッジの短期コースに参加されているので、アーカイブズに関わる共通の理解が存在し、仕事をスムーズに進められると感じています。
次にお話したいのは、諸外国の企業アーキビスト、企業アーカイブズとの協力、連携事業です。2007年に米国のアーキビストを日本に招聘して「アーカイブへのアクセス:日本の経験、アメリカの経験」が開催され、これをきっかけに2008年より国際アーカイブズ評議会(ICA)企業労働アーカイブズ部会(SBL、2015年より企業アーカイブズ部会:SBA)の運営委員を務めることになり、次のような仕事に携わっています。(1) 毎年世界各地(主として欧州、北米、アジア)で開催される企業アーカイブズに関する国際シンポジウムを企画する、(2) 会合で各国の関係者と交流する、(3)会合のコンテンツや、その時々の企業アーカイブズに関わるイシューについて情報を把握・整理し、これを「ビジネス・アーカイブズ通信」というメールマガジンやWebページ上で、日本語で発信する、(4) 日本における企業アーカイブズの先進事例を海外の企業アーカイブズ関係者に英語で紹介する、といったことです。これまでを振り返ると、諸外国の企業アーカイブズに関わる各種の調査、分析、翻訳、記事の執筆といった情報発信業務が私の仕事の核となっています。
また、NHKの東日本大震災報道アーカイブズの構築の業務委託によるプロジェクトにも携わりました。NHKの災害報道に関する業務記録を整理してデータベース化する業務で、現場の実務経験が豊富な齋藤柳子さん(記録の森研究所代表、レコード&アーカイブズ・マネジメント・コンサルタント)にリーダーになっていただき、私はアシスタントとしてプロジェクトに参加しました。
帝国データバンク史料館の史料館だより「MUSE」では、日本の企業アーカイブズに関して詳しく紹介する仕事をさせていただきました。さらに、大学で基礎教養科目や図書館司書資格課程で記録管理やアーカイブズ管理を教える仕事も行ってきました。
3.アーキビストへの関心
・アーキビストとしてのやりがい・難しさは何ですか?
アーカイブズ、特に企業アーカイブズで働く人々、アーキビストの教育や研修に携わっている方々から、「業務の参考になった」「元気づけられた」というフィードバックをいただいた時、間接的ではありますが、アーカイブズの保存と利活用に貢献できたというやりがいを感じます。
私が自分の仕事で感じてきた難しさは次のようなものです。
(1) 私のアーキビストとしての仕事の中心は、先に述べたように、公益財団法人渋沢栄一記念財団の企業史料プロジェクトです。これは業務委託なので、形式的にはこれ以外にも様々な仕事を行うことが可能です。そして、会社(一人会社)としては仕事を増やす必要を感じつつも、企業史料プロジェクト業務で得たアーカイブズに関わる知見を、たとえば有償の会員サークルの場などで提供するのは、適切なのだろうかと考えたことがあります。
(2)英語圏のアーカイブズ、アーキビストの仕事の紹介が多くなりがちな点も悩みです。日本の組織のあり方をみると、アングロ・アメリカン社会よりは大陸欧州、あるいは東アジア諸国のほうが参考になるのではと、感じることが少なくありません。ですから、フランスやドイツ、イタリア、中国といった国々の企業アーカイブズの状況をもっと紹介したいのですが、言語の問題、また各国におけるアーカイブズとアーキビスト養成の歴史的な成り立ちを理解する必要があり、簡単ではありません。海外と日本では、雇用や人事制度が社会全体として異なる点も忘れてはいけないと、常に注意しています。
(3) 諸外国の企業アーカイブズを紹介するための基礎的作業には、「研究」という側面があります。私は教育研究機関に所属し研究者番号を持つ研究者ではありません。年に半期、非常勤講師をしますが、担当の授業のない学期は大学図書館が利用できません。電子ジャーナル論文や、紙の海外文献を購入する必要が生じても、すべて個人でまかなう必要があります。「アーキビストは高い専門性が必要だ」と言われますが、現在のところ、大学アーカイブズ関係者でない場合、専門性を支えるための研究資源へのアクセスに難しさがあります。
(4)アーカイブズに関わる言葉に関する「共通の理解」の普及に関する難しさも感じています。たしかにアーカイブズに関する理解は確実に広まっています。しかし、これと並行して、digitisation, digitalisation あるいはdigital transformation とも呼ばれる変化が急激に進む中、基本的な語彙・用語(たとえば「組織(機関)アーカイブズ」「収集アーカイブズ」など)に関する混乱がみられます。「共通の理解」に関連しては、市販のアーカイブズ資料管理システムによる記録のコンテクスト情報の保存についても心配しています。専門職養成のためにも、アーカイブズの一般への普及にとっても、日本語でのアーカイブズとアーカイブズ学に関わる用語辞典・辞書が必要だと感じます。(学会にも強く期待しています。)
・アーキビストの待遇についてどのように思いますか?
一般社団法人情報科学技術協会が発行する『情報の科学と技術』69巻1号(2019年)に、JSAS会員の森本祥子さん、平野泉さん、齋藤柳子さんのご協力を得て「日本におけるアーキビストとレコード・マネージャーのキャリアパス形成に向けて」という文章を掲載させていただきました。
そこに記したように、現時点においてはレコードキーピングの専門職を志望しても、キャリアの入り口は明確ではなく、ポストも任期付きや非常勤などが多く不安定です。
JSASの登録アーキビスト制度に続き、国立公文書館の認証アーキビスト制度もスタートし、DXの展開や文書管理制度の整備とともに、ゆっくりとしたテンポかもしれませんが、ポストの数も増え、待遇面は向上していくだろうと考えています。メンバーシップ型からジョブ型へという雇用のあり方の変化も、専門職の待遇にとっては好ましい点の方が多いのではと考えます。
今後、JSASなど関係者が主体的に待遇の改善に関与していくためには、アメリカ・アーキビスト協会(SAA)が2004年に実施した「A-センサス」のような調査・統計によって、アーカイブズ専門職従事者の実態を把握する必要があると考えます。この調査では、12,000名弱の対象者に、現在の地位、雇用主、教育歴、職務権限、年収、キャリア・パス、専門的研修などについてメールでアンケートを行い、5,620 名から回答を得ています。今から18年前の数字ですが、これによると米国のアーキビストの平均年間給料は49,315ドル、2004年12月10日時点の為替相場は1ドル=104.85円ですので、日本円にすると約517万円です。
「A-センサス」については、中島康比古さんによる「数字で見るアメリカのアーキビストたち-米国アーキビスト協会「A-センサス」を読む-」『アーカイブズ学研究』10巻がおすすめです。 (なお、SAAは2017年に、ジェンダーの観点からの給料調査も行っています。)
・アーキビストに身に着けてほしい能力は何ですか?
「意思疎通」「言語」に関わる能力です。アーカイブズが行っている業務を親組織の人々に伝えるには、アーカイブズの言葉ではなく、相手の言語で、相手にわかるように翻訳して話す必要があります。
日本の企業の場合、体系的なレコード・マネジメントが導入されている企業は少なく、記録のライフサイクルによって管理されてこなかった(レコード・マネジメント・システムに登録されていない)、物理的にはかなりの分量の過去の文書が社内各所に置かれているという状況が、まれではありません。ここ2年ほどはコロナ禍における働き方改革、リモートワークの導入などにより、オフィスの移転や引っ越しが盛んです。大方の企業人は、引っ越し=スペース削減=文書・物品廃棄と考えるため、アーキビストは、アーカイブズのレスキューに取り組む必要があります。適切に制御されないまま集積した文書から、アーカイブズとして長期保存する可能性のある文書を、文書作成部署でまずおおまかに選別してもらい、アーカイブズに集約し、さらにアーキビストが評価選別・登録する必要があります。このような取り組みに迫られた企業アーキビストと、最近お話する機会がありました。この方は、文書の集約を親組織の人々に呼びかけるにあたり、「アーカイブズ」「重要文書」「歴史的文書」「社史に使用する資料」といった表現は用いない、といいます。こういった表現では、アーキビストが必要と考える文書は集約されないのです。この企業では、重要文書に関する自社特有の名称(ここでは仮に「業務記録」とします)があり、「業務記録作成のために」という表現を用いることによって、アーカイブズが保管すべき文書を第一次選別によって集約することが可能になります。
海外のアーキビストとの会話では、Speak in the language of business, not of archives (archivist) 「アーカイブズ(アーキビスト)の言葉でではなく、ビジネスの言葉で話せ」というフレーズにも何度も遭遇しました。アーカイブズの一連の業務(とその意義・価値)に関する説明を、親組織の人々のビジネス(業務)感覚にフィットする表現に翻訳する必要があるということです。念のために付け加えると、これは、それぞれの組織固有の業務上の言葉遣い、思考方法に合った表現、という意味です。以前、神学校図書館フォーラムという神学校の司書の方々の集まりで、シリーズ・システムに基づいた目録作成の考え方についてお話ししたことがあります。その時、記録管理・アーカイブズではごく普通に使う「業務」(英語ならbusiness)は、神学校あるいは宗教団体の仕事の場合は「聖務」という言葉になるのでは、と参加の方々から教えていただいたことがあります(教派による違いはあるかもしれません)。親組織の人々に「伝わる言葉」は組織によって違ってくるので、アーキビストもその親組織の言語に通じていなければならない、ということです。
社内や社外(たとえばメディア)の利用者からのリクエストやレファレンスに対して的確な対応を行う、あるいは文書作成部署の人々にアーカイブズで管理することのメリットを示す、あるいは社内外でアーカイブズの機能や所蔵記録とその利活用に関するプレゼンテーションを行うといった場は、アーカイブズの存在価値を示す場でもあり、これを効果的に行うためにも、意思疎通・言語に関わる能力は不可欠です。
そのほか、外国語、ITに関する理解力、運用能力はあらゆる仕事に有益で、助けとなるもので、アーキビストにとっても例外ではありません。企業が海外との取引を行う、あるいは海外に生産拠点・営業拠点を持つのはごく普通のことです。本社のアーカイブズによる収集・管理の対象であるか否かを問わず、記録が生まれる場としての親組織の業務について理解するためには、外国語(特に英語)は必須です。私自身は機械翻訳で大量の外国語文献を読むことがあります。概要を把握するのに機械翻訳は有用です。しかし、重要な部分は必ず自分で原文をチェックします。AIを利用するにしても、外国語の基本的な理解力・運用能力は身に付けておくべきです。
そして、最も重要な能力を一言で言うと、「学び続ける能力」ではないでしょうか。
・学会登録アーキビストになったきっかけは何ですか?
2012年に学会登録アーキビスト制度が誕生した際には、「アーカイブズの振興とアーキビスト支援」という観点でこの制度を肯定的に受け止めましたが、自分自身を認定・登録の対象とは考えていませんでした。記録の移管・収集、編成記述、保存、アクセス提供に責任を負うという、アーキビストの伝統的な業務に携わる経験が自分にはもっと必要と考えたからです。ですので、2012年10月末に学会登録アーキビスト資格認定に関して公示されても申請の準備はまったく行いませんでした。
ところが、この年の12月8日なのですが、故石原一則副会長(当時)から、JSAS登録アーキビストに申請してくれないか、というメールをいただきました。この時は、翌年4月にスイス・バーゼルで開催されるICA/SBLのシンポジウムで発表予定の、「トヨタの75年:トヨタ自動車の最新『社史』と日本における会社史づくりの動向」に向けての準備に忙殺されていて、月末までに準備することはできそうにありませんでしたので、その旨お伝えしました。
その後、資格認定を受けて名簿に掲載されること自体が、アーカイブズとアーキビストに対する関心を高め、理解増進に被益することにつながるかもしれないと考え、また、石原副会長のお声がけにも励まされ、翌2013年度に申請を行いました。
松崎裕子さん、ご協力ありがとうございました。
2022年1月 松崎裕子さんによる修正加筆
担当 湯上 良(当会委員)