「日本アーカイブズ学会登録アーキビスト」資格認定制度創設の経緯について
日本アーカイブズ学会
1.はじめに
公文書館法第4条第2項に「公文書館には、館長、歴史資料として重要な公文書等についての調査研究を行う専門職員その他必要な職員を置くものとする。」という専門職員配置が明記されている。しかし当分の間、専門職員を置かないことができるという特例規定が附された。その理由は、「現在、専門職員を養成する体制が整備されていないことなどにより、その確保が容易でないために設けられた」(解釈の要旨)特例だという。公文書館法が施行されてから24年が過ぎた。しかし、いまだ特例規定の附則は付いたままである。
「公文書管理の在り方に関する有識者会議」の最終報告(2008年11月)では、文書管理の専門家の確保の必要性が明記されているし、また「公文書等の管理に関する法律」(以下、公文書管理法)成立に際しての衆参両院附帯決議(2009年6月)は政府に対し専門職員の育成を計画的に実施するとともに(衆参)、資格制度の確立について検討するよう(参院)求めているのである。
2.これまでの資格認定についての論議
国が関与する制度 全国歴史資料保存利用機関連絡協議会(全史料協)では、1987年の公文書館法成立以来、数次にわたる検討特別委員会を設置し、専門職制度について継続的に検討し提言してきた。この全史料協をはじめとするこれまでの多くの提言は、学芸員や司書のような国が直接関与する国家資格提言であった。しかし、文部科学省では国が認定する新しい資格の創設は難しいという。このような状況の中で、司書・学芸員と同様の国家資格にこだわると、アーキビスト養成・資格制度の創設を大幅に遅らせる可能性があった。
資格認定協会の設立構想 そこで、幅広い養成機関設置と第三者機関での資格認定システムの構築を図るという方向で検討が進められることとなり、実現可能な方策として「日本アーキビスト資格認定協会(仮称)」のような認定機関の設立が提案された(高埜利彦「アーキビスト養成制度設立に向けて」『史料館報』第75号、2001年)。
実際、その段階で国立公文書館は国公立文書館職員を対象に研修を行い、国文学研究資料館は大学院生を含む多様な対象に研修を行っていた。また、新たにアーカイブズ関係機関協議会が設立されるようになり、さらに日本アーカイブズ学会設立の準備やアーカイブズ学専攻の創設が進められていた。以上のようなことから、資格付与については、関連団体などによる資格認定協会を設立し、なんらかの形で国(内閣府)の「お墨付き」を得てオーソライズされるシステムが模索されたのである。
日本アーカイブズ学会の設立 2004年、日本アーカイブズ学会が設立された。当学会は、アーカイブズに関する科学的研究を担うもので、それは①アーカイブズの管理に関する研究、②アーカイブズの成立・構造・管理保存に関する研究、③アーカイブズの教育・普及に関する研究、などの領域から構成される。
日本アーカイブズ学会は、アーカイブズ運営の中軸を担うアーキビストの養成と資格問題についても発足以来、強い関心を示してきた。アーキビスト養成のための教育機関として大学や大学院が大きな役割を果たすが、学科や専攻の設置には学会がないと実現が難しいことから、その役割を日本アーカイブズ学会が担おうとしたのである。
大学院アーカイブズ学専攻の設置 学習院大学人文科学研究科アーカイブズ学専攻は、
2008年4月に開設された。これは、アーカイブズ学の研究ならびにアーキビストの養成を目的とする我が国で初めての本格的な大学院専攻課程として設置されたものである。その前後、別府大学や東北大学・九州大学などの大学院でも専攻課程の設置が行われ、拡大しつつある。
日本アーカイブズ学会認定の途へ 2009年前後のことであるが、日本アーカイブズ学会が資格認定する方向に転換してはどうかという意見が生まれてきた。当初、構想していた資格認定協会を立ち上げるには、なお相当の時間を要する状況であったからである。認定協会に参加が予想される各団体の考える資格制度の内容に大きな開きがあり、その調整は容易でなかった。また、協議会に参加していない団体の類似資格制度も存在する。時期的にも公文書管理法の成立が見通され、それに対応する必要があった。日本アーカイブズ学会は、学会として実績を積み重ねてきたことから、社会的に一定の信頼をうる段階にきており、資格認定の主体になることに理解がえられるであろう。しかも当学会は、設立時から資格制度を立ち上げることを目標にすえており、いわば公約であり、それを果たす時期にきているのではないか、という認識であった。
この認識のもとで2010年の総会で、会長から日本アーカイブズ学会が主体となるアーキビスト認定制度を設立するため具体的検討に入ることが提案され、承認された。そこで、「アーキビスト資格認定制度検討委員会」が設置され、1年かけて検討を行った上で、2011年3月、会長宛に「アーキビスト資格とアーキビスト登録による資格制度の創設」と題する答申書を提出したのである。
3.規程案の検討と承認
答申から規程の策定、そして承認へ 答申を受けて会長は、規程の策定のために意見の公募と研究集会を開催することとし、今後の日程を示した。その上でアーキビストとアーキビスト資格に関わる学会の基本的立場を示し、続いて「アーキビスト資格と登録アーキビストに関する規程(素案))」を公表し、素案に対する意見を要請した(6月21日)。
さらにアーカイブズ関連機関協議会で、提案の経緯を説明し、提案内容について意見を求めた。また7月16日に研究集会を開催し、集中論議を行い、さらに会内外から幅広く意見を聴取した。これらの意見・提案を受けて「『日本アーカイブズ学会登録アーキビスト(仮称)』の資格認定制度創設について(提案)に対するご意見と別案の提案について」を12月8日付で公表した。これを受けて12月18日に2回目の研究集会を開催し、意見の集約をはかったのである。こうして「日本アーカイブズ学会登録アーキビストに関する規程(最終案)」を2012年2月に示すことができた。この最終案は2012年4月21日の総会に提案され、承認されたのである。
規程の目指すもの 前文と全5章18条の条文および別表によって構成されている規程は、日本アーカイブズ学会のホームページで公示されている。前文には、これまでの経緯と当資格認定制度についての学会の認識を示しており、参照されたい。
当学会が創設しようとするアーキビスト資格制度は、アーキビスト養成などをめぐる諸課題に対して、一定の方向性を示し、その解決を促進するものでなければならないという立場から次の5項目の達成を目的として示した。①この分野を目指す若者や関連する現職者等にアーキビストの存在を示すこと。②世界の標準やアーキビスト倫理に通じるアーキビストの基本的な知識・技能を明示すること。 ③雇用機関・団体等に対して専門的な職務を果たすことができる人材を明示すること。④アーカイブズに関する研究活動をより一層促進すること。⑤専門機関・高等教育研究機関等が連携しながら教育・研修体制を整備していくために共通の知識基盤を提示すること。
本規程は、これらの目的を達成するため、アーキビスト資格基準を提示し、その充足者のアーキビストとしての登録およびその更新制度を骨格として定めたものである。
細則や事務局態勢の整備 その後、規程を適正かつ円滑に実施するための細則などを策定し、10月上旬に公表することができた。さらに新たに学会事務所を設けるなど事務態勢整備した上で、「日本アーカイブズ学会登録アーキビスト」申請要項を公示した。これらの詳細については本学会ホームページを参照願いたい。
学会内外の受け止め方 幸い、この制度に対する学会内外の受け止め方はおおむね好意的なようである。資格制度をテーマとした研究集会の参加記でも(小谷允志・佐藤勝巳参加記『アーカイブズ学研究』第16号)、厳しい注文を示しつつ、今後の拡充を期待するものであった。
また、アーカイブズの現場からは、当制度の評価すべき点と問題点を示しながら、全国の自治体に対しては当認定制度の採り入れを求め、現場の職員に対しては率先して登録申請し実績作りをすることが大切であると主張する意見が出されている(岡田昭二「『史料保存利用問題シンポジウム』に参加して」『地方史研究』第354号)。さらに歴史研究者からは、諸学会は前向きな姿勢で見守りつつ、同時に建設的な批判・提言を行い、全体として日本のアーカイブズにおける専門職の確立に向けて、確固たる歩みを進めることが望まれるとする提言がある(太田尚宏「日本アーカイブズ学会2012年度大会に参加して」『地方史研究』第358号)。
申請・登録手続きの流れ 本制度は、自己申請を基本とする「登録」による認定制度であることに特色がある。日本アーカイブズ学会は、アーカイブズ学に関心をもつすべての人々に門戸を開いている学会である。したがって、会員に限定した(発足後5年間は正会員でなくとも申請は可能)、かつ自主的な申請と学会による「登録」によって認定されるこの方式は学会という性格からしてふさわしいものであろう。また、アーキビストが専門職であるためには、不断の研究に支えられた高度の実践能力が必要であることから、5年毎に再登録の申請が必要としているのである。
さて、申請・登録に関する手続きはおおむね以下のような流れで進められていくことになる。(1)申請書類等の送付希望の受理と送付、(2)申請書類を作成し必要な書類・資料を添付して認定申請、(3)学会で受理後、規則にしたがい受理・不受理を判断し、受理した書類・資料を資格委員会に送付し、資格委員会での資格審査、(4)資格委員会から会長に審査結果を報告し、本学会委員会の議を経て、(5)申請者に結果を通知し、認定者を名簿に登載した上で登録証の交付、(6)そして審査全体の実施経過・審査登録結果の公示、ということになる。
なお、当面は年度に一度の割合で資格審査を行う予定である。第2回目の申請受付の日程については現在検討しているところである。
4.おわりに ―新しいコンセプトのもとで―
公文書館法が施行された24年前とくらべてアーカイブズとりまく環境は大きく変化した。まだまだ十分とはいえないが、アーカイブズ学に関する研究・教育を行う大学・大学院が増加している。国立公文書館での各種研修が格段に充実してきており、国文学研究資料館のアーカイブズ・カレッジもアーカイブズ学の深化に対応していくどか改善を加えている。なによりもアーカイブズで専門的業務を担っている事実上のアーキビストが増え、その業務と研究には大きな成果がみられる。
こうして、公文書館法の専門職員配置義務を猶予した特例附則の理由はすでに消滅したといってよい。しかも、間もなく資格認定制度が発足する。一日も早い特例附則撤廃の法改正を行い、アーキビスト配置を促すべきであろう。同時に、国が何らかの形で関与した早期の「資格認定協会」の設立を望みたい。今回の資格認定制度は、条件が整い、環境が熟したから創設するものではないし、またベストな制度だとも考えていない。資格の名称を「学会登録アーキビスト」としたのはそのためである。規程前文にもあるように、将来よりよい制度が創設されるならそれに統合されることは忌避しないし、むしろ歓迎したい。
公文書管理法が施行となり、記録管理やアーカイブズにとって新しい時代を迎えることになった。国民には歴史的公文書(アーカイブズ)を見る権利が法に明記された。地方公共団体にも法の趣旨にもとづいて公文書管理の整備をはかり住民のための閲覧態勢を整える努力義務が課せられた。まさに、新しいコンセプトのもとで、アーカイブズ、アーキビスト問題を考え、実行していくことが求められているのである。
(2012年11月16日 文責・高橋 実)